落合博満伝説・その2~遅咲きの天才~
天才打者の名をほしいままにし、輝かしい成績を残した落合氏ですが、
そのプロ入りは意外なほどに遅く、25歳のとき。
もともと野球少年ではあったけれど、体育会系のノリがとことん合わなかった彼は、
高校時代にも7度も入退部を繰り返しています。
彼ほどの実力のある選手が他にいなかったため、
何度退部しても試合が近づくと部員に説得されて復帰していました。
大学時代にもやはり体育会系のノリに反発。
このときは半年ほどで野球部も大学も辞めてしまい、
地元でプロボウラーを目指すことにしました。
ところが、プロテスト当日にスピード違反で反則金を支払い、
受験料が払えなくなってしまったため、これも諦めます。
その後、彼の野球の才能を惜しむ高校時代の恩師の勧めもあり、
社会人チームに在籍します。5年間で約70本のホームランを放ち、
1978年にはアマチュア野球の全日本代表にも選出され、
ようやくプロからも注目される存在となったのでした。
もし、ボウリングのプロテスト時にスピード違反をしなかったら…。